Omnis No.７７

＜はじめに―体細胞分裂の染色＞

ネギ、タマネギ等の根端は、体細胞分裂の観察材料として非常にポピュラーである。塩酸で解離した後、酢酸オルセインで染色体を染色するが、生徒実習では鮮明な顕微鏡像を得られないこともしばしばである。そこで、できるだけ失敗のない染色条件を模索してみることにした。

＜準備＞

ネギの発根種子（２３℃で４０時間吸水させたもの）
酢酸オルセイン
酢酸ダーリアバイオレット（ダーリアバイオレット0.1gを室温の30%酢酸20mLに溶かしたもの）
１規定塩酸

＜方法と結果＞

４０時間の吸水では、５mm程度しか発根せず、やや扱いにくかった。もう半日ほど置くとよいだろう。
午前１０時前後が最も分裂が盛んだと言われるが、予備実験をしてみた限りでは、９時、１０時、１２時、１４時、１５時、１７時とも、分裂細胞の割合にそれ程の差はなかった。従って、実習が午前であろうが午後であろうが、前もってわざわざ固定しておかずとも、その場で採取した材料を染色して用いても差し支えないものと思われる。
まずは解離せず、染色（１０分間）してみた。

左：酢酸オルセイン、右：酢酸ダーリア
当然、細胞が重なり合って観察は困難である。いずれも組織中央部分（分裂が最も盛んな部位）にまで染色液が浸透していないことが分かる。特に、酢酸オルセインの染色が悪い。
染色してから、室温の１規定塩酸中に浸して解離を行った（染色１０分、解離１０分）。

解離操作しない試料に比べ、遙かに観察は容易になる。が、染色の度合いは低い。特に酢酸ダーリアでは、脱色が進んでしまい、染色体の観察は難しい。
室温の１規定塩酸で解離してから、染色を行った（染色１０分、解離１０分）。

左：酢酸オルセイン、右：酢酸ダーリア
2.に比べ、遙かに染色体が鮮明に観察できた。特に、酢酸ダーリアで染色した方は発色が鮮やかで見やすい。
６０℃の１規定塩酸で解離してから、染色を行った（染色１０分、解離１０分）。ちなみに、多くの教科書、図説では、塩酸中で解離しながら６０℃で湯煎するよう説明されている。

左：酢酸オルセイン、右：酢酸ダーリア
室温で解離した場合と比較して、ほとんど差は感じられなかった。
染色液：塩酸＝７：３の混合液で、染色と解離を同時に行ってみた（参考文献）。

左：酢酸オルセイン、右：酢酸ダーリア
筆者の感想では、この方法が最も鮮明に染色体が観察できた。参加者の意見もほぼ同様であり、解離の手間を考えると、この方法が最も簡便で成功率が高い方法であると思われる。
また、酢酸オルセインは試薬の当たり外れがあり、品質の悪いものでは染色がうまくいかないこともあるのに対し、ダーリアバイオレットは非常に鮮明な染色が安定して可能であり、かつ粉末を酢酸に溶かすだけなので、調整も極めて簡便である。生徒実習においては、酢酸ダーリアバイオレット塩酸を用いるのが、最も成功率の高い方法であろう。
上尾南高校では、生徒用の顕微鏡が現在３種類ある。レンズの倍率、オプション等いずれもほぼ同等のグレードであるが、使ってみた感覚では、下図のようにかなり見え方が異なる。

左：内田洋行ＤＬ－６００ＭＬ、中：オリンパスＣＨ２０、右：ニコンＹＳ５０
下に示した細胞の像は、それぞれの顕微鏡でみた同じ試料である。かなり解像度に違いが見られる（肉眼で比較した限りでは、ＹＳ５０が最もクリアで鮮明である。ただし、光源装置が電池式の発光ダイオードなのが難と言える）。
公立学校で備品を購入する際は、レンズの倍率やメカニカルステージの有無、照明装置の有無などのスペックは指定できるが、このような解像度の違いはカタログでは判別できない。従って、入札では安価で性能の低い製品を購入させられてしまいがちである。その結果、生徒に見えづらい顕微鏡を使わせることになりかねない。何とかならないものだろうか。
最後に、酢酸オルセインに３日間浸してから（下左図）、１Ｎ塩酸で１０分解離して観察してみた。

ご覧の通り、細胞質まで赤く染まってしまい、染色体の観察には適さなかった。やはり、使用直前に然るべき手段で染色するのが良いようである。